ベシスタ コマシラバス案 パブコメ

No. 1 小塩真司先生 (早稲田大学)

私自身が所属する学部教育は心理学コースではなく,ゼミに入ってくる学生たちも必ずしも心理学のトレーニングを受けているわけではありません。このようななかで卒論を目指した教育を行っている大学教員というのは,実は少なくはないと思われます。一方で,大学全体として,統計教育については一連のフルオンデマンド科目が提供されており(https://www.waseda.jp/inst/ches/news/2020/05/19/2923/),学生たちが自らのレベルに合わせて学習していく環境も整えられています。ただし,そこで提供される内容はやはり多くの学問分野に対応することが主眼ですので,どうしても心理学として不足した部分や余分なところが多々含まれてしまう傾向があります。そのようななかで,学会としてスタンダードなロードマップを示していただくことは,全学の教育体制に対しても提案しやすい状況をつくることにもつながります。近年の統計教育の必要性が叫ばれている大学教育全体にとっても意義のあることだと思いました。

また,あまり今回のこととは関係のないことではあるのですが,一方で,今回のシンポジウムwebサイトに「例えば50年前,25年前,そして今の『心理学研究』誌を手に取って(J-STAGEにアクセスして),ご自身の専門に近いテーマの論文を読んでみてください」と書かれている点も重要です。つまり,心理学の研究そのものを歴史的に捉えて,それぞれの歴史のなかでどのような手法が用いられてきたのかを整理し,そこから心理学の研究そのものを概観する試み(たまにそういう研究は公刊されるのですが)についても触れるところがあると,「論文を読む」という観点からは有効だと思います。悪いことではないのですが,学生たちは昔の論文もpdfで読めてしまいますので平気で引用してきます。誰もが100年以上前からの心理学論文にアクセスできる状況だからこそ,「その当時研究のなかで行われていたこと」に触れる授業やテキストもあっていいのではないか,と感じました。


No. 2

“高校数学との対応を検討されていますが、「情報」等、連携科目や関連科目との対応関係も検討されるべきかと思います。 文部科学省「高等学校情報科に関する特設ページ」 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/1416746.htm 総務省統計局「総合学習のための補助教材」 https://www.stat.go.jp/teacher/comp-learn-01.html

また、2023年度以降を目処に、データサイエンス教育のモデルカリキュラム(リテラシーレベル、応用基礎レベル)の見直しが予定されていることも参考にできると思います。 数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアム http://www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/index.html

統計検定の種別内容も参考になるかもしれません。 統計質保証推進協会「統計検定ー検定種別」 https://www.toukei-kentei.jp/exam/


No. 3 岡本安晴先生 (日本女子大学名誉教授)

御中  以下の愚考、お読み頂ければ幸いと存じます

「心理統計法標準カリキュラム案」に 何のための,そして誰のための心理統計法か,今一度考えてみよう。 とあります。  統計モデルを設定した分析の場合、モデルのパラメータの推定が 目的と考えられます。  しかし、 「ベシスタ コマシラバス案」では、 検定が中心で、推定は 「第 08 回 統計的推定」 で扱われているにすぎません。この推定も「検定」をベースにした 考え方です。  直接、パラメータの推定を考える方法としては、 最小2乗法、最尤法、ベイズ法などがあり、これらは大学レベルの 統計学として学ばれるべき基本的方法と考えます。

 これらが無視されていることは、問題だと思います。

岡本安晴(日本女子大学名誉教授)


No. 4

 詳細なシラバス・カリキュラム案をありがとうございました。以前から公認心理師の必須科目としての「心理学統計法」が1科目(15コマ)しかないという点は是正すべきと考えていました。統計は心理の領域を超えて採用される理論体系なので,現状よりも,もっと規定のコマ数を増やすべきだと考えています。ご提案のあった 「1ABCFGHI, 2A(+重回帰分析)」の範囲を30コマでじっくり指導する体制の必要性を委員会で検討頂けないかと思っております。個人的に委員会の先生方にもっとも議論して頂きたい点は,教授内容ではなく,コマ数の増加,その点にあります。雑誌『心理学研究』では近年,実に多様な統計手法が実践されるようになり,基礎統計の領域が広くなってきていると実感しています。その実態に併せて,基礎教育の機会と学習内容を増やすのは自然なことではないかと思います。

 また,昨今の,統計学や統計教育に対する社会からのニーズの高さを考えると,各大学での心理統計教育は,現状より,さらに拡充した方が良いと思っています。データサイエンス系の学部・学科も急増していますし,統計教育のコンサルなども多数登場しています。それだけ心理統計に対する社会の要請が高いことは重視した方が良いのではないかと思っています。データ解析力は企業活動とも関連が強いので,心理学士の統計力をより向上させる方向で意思決定をする方が学生として,学会としてもメリットが多いと考えます。


No. 5

カリキュラムの設計と統計の指導を双方行っている立場としての意見です。少しずれた部分もあることはお許しください。 まず、達成目標から教える内容を組み立てるという点は非常にわかりやすいと思いました。現在当学当学科の学生には難しい統計手法は必要がないとは思っていますが、世間で流れている多くの情報を見た時に、その出典にさかのぼって「これはおかしい解釈かもしれない」「正しくはこのように伝えるのだな」という目は持ってほしいです。統計学を例えば科目として1-3まで用意できるといいのですが、他の科目との関係からも1科目用意するのでいっぱいいっぱいです。その中で何をどこまで教えるべきかというのは悩みどころですので、今回の整理ポイントはそういう意味で参考になりました。一方で高校生が数学の基礎をどこまで身に付けてきているか、誤解を恐れずに言うなら、近年大学にも色々なレベルの学生が来ますのでここの連結が可能なのかが難しいと思いました。卒業必修にしなければ済むという問題でもなく、統計学のプレ科目の位置づけが(もっと言えば高校の教育のところというべきなのか)必要でそこで何を身に付けさせるかの議論もあると良いかと思いました。最後のポイントは、他の科目との連結が実は重要なのではないかと思いました。統計学はもちろん学問としても成立するものですが、使ってなんぼのところがあります。統計学を使用している科目は心理学には当然たくさんあると思うので、どのように使用されているのかがわかるように描けるとよいですね。データサイエンスについても履修させよという国策があり、そことも連動させてカリキュラムを組んでいく必要もあります。自学にどのような形が適切なのかまた勉強させていただければと思います。


No. 6 尾入正哲先生 (中京大学心理学部)

委員会案に同感します。 卒論の段階でも「p>0.05」という記述を見かけます。 pとは何のことか、危険率とはどういう意味かといった理解が不十分な学生がいます。 何か心理学の表面的な「作法」のようにとらえられているのでは? もともと、変動因の多いデータから、いかにして妥当な結論を導くかが心理統計の意味だと思います。 フィッシャーが(?)作物の収穫量の違いをどうやって明確にしようとしたか、そうした歴史的な意義を伝えることが大切ではないでしょうか。 細かい数学的な分布関数の話よりも。


No. 7 大橋 恵先生 (東京未来大学)

心理統計 2022「ベシスタシラバス」へのコメント

心理統計法標準カリキュラム作成小委員会さまの案を、大変興味深く拝読しました。都内の数学を 不得意とする学生が主流の大学で 15 年ほど統計を教えてきた立場から、意見というよりは「感想」を 書きます。 まず前提として、勤務先は典型的な文系の学部で、偏差値も高くありませんので、高校は卒業した ものの、中学数学の途中で分からなくなったと述べる者が多数という状況です(小数や分数が怪しい 者も散見されます)。これは、数学の学習を入学の前提条件としておらず、また、数学関係の補習をし ていない本校に問題があると言われるかもしれませんが、なかなそうもできない状況があります。

カリキュラムの組み方としては理解できますし、納得できます。読む方が先で、やる(実技)のは後と いうことですよね。外国語学習にたとえれば、reading をしっかり行ってから、writing に進むという方法 で、たいへん合理的だと感じました。また、高校数学で扱う内容であってもそれぞれ 2、3 コマ扱う時間 があるのはとても良いと思います。ベクトルや関数に埋もれてしまっているので、思い出す時間は大切 です。第 12 回に使い方の注意の回が設けられている点も重要だと思います(きちんと扱えないことが 多いので)。

ただ実際のシラバス案を拝見しますと、後半が高度すぎます。これを標準として行わなくてはならな いとなった場合、このスピードでは脱落者がたくさん出てしまうのではないか心配です。特に、第 11 回 分散分析について、勤務先では(実習しながらだからですが)1 要因と 2 要因の分析を 5 週間かけて 行ったうえで、復習回を設けています。参加者間と参加者内要因、要因と水準、交互作用効果とは何 か、交互作用効果が出た場合、出なかった場合にどこを読むかで混乱する学生が出るからです。そ のため分散分析には少なくとも 2 コマ、できれば 3 コマ欲しいと感じました。

また、重回帰分析を入れるなら、因子分析を入れてほしいと考えてしまいます。ゼミで読む実際の 論文では(社会心理学系)、多くの論文で因子分析を扱っており、何をする分析なのか、読み取り方 を理解しておいてもらう必要があるためです。

どこか調整できるところはないかと考えましたが、第 5 回相関と因果は、心理学研究法で扱うので、 心理統計の方にはなくてもよいかなと思いました。偏相関を私は相関係数の後に扱いますが、それは 第 3 回か 4 回に入れてしまえそうですし。

以上のように考えましたが、どのくらい「深く」扱うのかにもよりますね。重回帰分析は 1 回のみです が、何をする分析で、どこをどう読めばよいのか説明して、演習問題くらいの進め方ですと確かに 1 コ マで扱いきれます。私が授業のイメージを掴み切れていないのかもしれません。

また、多くの大学では心理統計に加えて心理学研究法の授業があると思います。心理統計は研究 法の一部ですから、研究法の方でどこまで扱うか(独立変数と従属変数はそちらで習っているはず、 など)の確認も必要であろうと思いました。

学会シンポジウムを楽しみにしております。


No. 8

「ベシスタ コマシラバス案」を拝見しましたが、かなり内容的に盛りだくさんで、この内容を半期の授業でというのは、ある程度の学力を持った学生でないとついていくのが難しいように思いました。数学が苦手な”文系”の学生を念頭に置いているようですが、標準とするのであればもっと多様な学生に配慮し、様々な学生が無理なく履修できる科目とするのが良いのではないでしょうか。  また、政府の「AI戦略2019」をふまえ、数理・データサイエンス・AIの基礎的な科目を全学生に開講する大学も増えています。そういった科目との兼ね合いや棲み分けなどについては、検討する必要はないでしょうか。

(もうちょっと詳しく教えて!に対する返信:)

第12回「統計的仮説検定の注意点」(特に細目1~3)は、論文を読むためというよりは、論文を書くため(自分で分析をするため)の内容のように見えました。 不適切な統計処理をされた論文を批判的に読むという観点からも重要ではありますが、ベシスタに入れるには高度な内容だと考えます。

第6回「実験的研究と要因計画」について、細目1は心理学実験法や実験実習の授業で取り扱う内容だと考えました。 細目2と3は、第12回「分散分析」に含められないでしょうか。細目4は、第10,12,13回に含め、各分析手法ごとに説明する形にはできないでしょうか。

上記で削られた分、第1回, 2回あたりの内容をもう少し時間をかけて取り扱ってはいかがでしょうか。 例えば、尺度水準や散布度は後半の内容を理解する上でも重要な内容ですし、もっと多くの時間を割いてもいいように思います。

AI戦略2019云々に関しては、今回の心理統計法標準カリキュラム作成小委員会で議論すべき内容ではないかもしれませんが、心理統計の授業が影響を受ける可能性もあるので、数理・データサイエンス・AI教育の動きも念頭に入れておく必要もあるのでは、という程度のコメントでした。”


No. 9

このカリキュラムで学ばなくてよかったなあと学部の先生たちに感謝しています。自分の理解が追いついていないだけで,日心の先生方には納得の提案!なのかもしれませんが,非常にぼんやりした構想に感じます。実態に即しているのかどうかも不明です。

委員の構成について,専門や地域,所属・出身大学など,様々な点で先生方に偏りがあるように感じます。学会の構成に合わせて広く募るべきではないでしょうか。「日本」心理学会を活かせていないと思います。公認心理師カリキュラムについて言及があるのに,臨床心理学を専門としている先生が委員に含まれていません。日本心理学会自ら,いわゆる基礎と臨床の分断を加速させたいということでしょうか。

そもそもなぜ心理統計教育の標準カリキュラムが必要なのかが不明瞭であるところがこの案の大きな問題だと思います。 思いつきや結論ありきで始めたのでしょうか。言い訳のような文章が並んでいますが,問題提起に科学的な根拠が一切ありません。普通の科学者であれば,これで納得することはないと思います。やはり心理学は非科学である,ということを日本心理学会が自ら証明し,その方向に舵を切ったということでしょうか。たった1年で基準となるカリキュラムを作成しようというところが傲慢で乱暴です。カリキュラムの案だけが出てきて,実際に全国の大学ではどのようなカリキュラムが組まれているか,その教育効果はどの程度なのか,といった実態調査の結果が示されていない点が答えです。先生方に偏りがあっても,データに偏りがなければいいのかなと思いましたが,そういうわけではなく,そもそもデータがありませんでした。例えば委員の先生方はどのようなカリキュラムをどのような考え方で組み,どのような教育効果をあげられているのかという分析でもいいと思いますが,それすらありません。従来型のカリキュラムはどのようなものなのかといった詳細な分析や,その問題点への指摘も曖昧で不十分ですし,ご提案のカリキュラム,従来のカリキュラムのメリット・デメリットの分析・効果の予測も不十分で曖昧です。むしろそういった調査や分析をしていただいた方が,よくわからないカリキュラムを押し付けられるよりも有用だと思います。高校数学との接続もとってつけたようで,このカリキュラムが全く練られていないということを物語っています。思い込みや想像で騙り,データで語れないなら,統計を教えるのはやめた方がいいと思います。日心はもうすでに,科学的な『研究ができなく』なっているということでしょうか。結局のところ,心理学者は思いつきで研究を始めたり,結論を考えたあとにその研究仮説を考えたりする,というを普段からしていて,その問題に自分たちでは気づかないというのが非常によくわかります。なるほどそういう研究者ほど,この学会では大きな顔をしているんだということもよくわかりました。

何がベーシックで何がスタンダードなのか,その線引きが曖昧です。初めから略すためにつけたような名前もわかりにくくナンセンスです。 論文を読むというのは,何の論文を読ませようとしているのでしょうか。例えば,現在の社会心理学の論文で,t検定を用いているものはどれだけあるのでしょうか。それなら,共分散構造分析やマルチレベル分析をベーシックで教えてはいかがでしょうか。その方が潔く,カリキュラムの構想にも即していると思います。誰にとってのベーシック・スタンダードなのか,委員の構成が偏ることで,これも偏ると思います。それを基準としていいのでしょうか。心理学の学域の広さを理解しているでしょうか。そもそもこのカリキュラムの発想自体に無理があることがわかります。

授業スピードが早足だと感じます。 データ・統計・心理学統計とは何か,代表値や散布度などの記述統計の重要性といったデータを見ることについて説明する時間が短すぎます。これで論文が読める,という触れ込みにしてしまうと,無批判に研究論文を鵜呑みにする学生を増やすことになりかねないと思います。ベーシックを謳いながら,基礎をおろそかにするという『この状況を放置すると,やがて論文が読めなくなり,論文が書けなくなり,研究ができなくなります.そして,論文を読む教育が,書く教育が,そして研究指導ができなくな』るのではないでしょうか。下地がガタガタのものはどんなに見た目につやがあっても,手には馴染まないと思います。重回帰分析がベーシックに出てくるのも理解しがたいです。それではなぜ因子分析は出てこないのでしょうか。「最近こういう論文が出たから」を論拠としようとするのはあまりに非論理的で,非科学的です。

今回,パブリックコメントの機会をいただけて大変ありがたいと思っております。ただ,理解不足であれば申し訳ありませんが,全体として,心理学を学ぶ学生に対して,学部教育に対して,学部教育を実際に行っている先生方に対して,極めて不誠実な態度で作成されたものだと感じます。小委員会は解散されてはいかがでしょうか。信念もなく適切な手続きも踏まないなら,学会の信用を損ねると思います。


No. 10

内容のまとまり、単元ごとのつながり、高校数学との関連性など、工夫された案だと感じました。ベシスタ、スタスタという名称もわかりやすく、親しみの持てる名称だと思います。効果量や多変量解析など、留意点を盛り込んでいることも良いと思いました。他方、これらの内容について1コマ(90分15回)で教えようとすると、学生の一部は理解できずに終わってしまう可能性があると思いました。教える側も教え方が上手くないと難しいと思います。特に、区間推定や統計的仮説検定は時間をかけないと理解してもらえないと思います。したがって、例えば、ベシスタ+統計ソフトを用いた演習で2コマというモデルもあっても良いように思いました。そう考えると、公認心理師カリキュラムの中に入れる時に困難が生じるだろうと思われ、その点が難しいと感じました。


No. 11

全般に実験のための統計法と言った誤解を与えかねない内容と思います。このままですと、実験系の研究者・教育者に対する指針と矮小化されます。 例えば、ベシスタ コマシラバス案では「第6回実験的研究と要因計画」となっています。「第6回研究と要因計画」にし、観察・調査研究の計画と分析にも触れるべきでしょう(1)。

メンバーに臨床心理や質的心理学の専門家が入っていないように思います。 その分野では、統計は必要ない、実験は特殊な条件下の結果だから意味がない、質的研究は本質的な研究だ、当事者の意見は本質的で正しいからそれだけを集めればよい、質的研究は仮説を立てることを目的にしているのでデータは少数でよく統計的分析は不要、など統計に対する誤った認識をしている研究者が多い。心理学の導入時に上記の誤った認識にならないようにする必要があります。 この観点から、上記の分野の研究者からも意見を聴取し、日本心理学会全体の問題としておくことは必須でしょう。データ分析する際の基本であることを日本心理学会全体のコンセンサスとなるようにして戴きたい。

心理学研究では、分野の偏りが著しい。実験研究以外の審査が異常に緩いことが原因と思います。実験系の論文に対しては非常に高度な厳密性を要求しておきながら、調査系の論文、臨床系の論文など非実験系に対しては、データの収集の仕方、分析の仕方、論理の展開全てにわたって非常に緩い基準になっています。非実験系に対しても統計法の重要性を述べて戴きたいが、シラバスでは限界があると思いますので統計法のガイドラン作成を熱望します。

「ベシスタ」の核心に従来の統計学と本統計法の違いが述べられています。確かに、最近の統計法の流れに沿っていると思います。しかし、「ベシスタ」という位置づけにしては難しすぎるように思います。一方で、統計分布の話を落とすのはますます理解を阻害するのではないかと懸念します(2)。

「ベシスタ」を学ぶ前に、統計を理解をしていない先生が、統計不要論を教える可能性が高いと思われます。理解できていない先生がいるということは、学生もつまずく可能性が高く、学生に統計不要が根ずく懸念があります。統計処理の必要性を理解させることに重点を置き、統計処理が必要なのに使用しない場合の誤りなどを交えて説明した方が良いでしょう。

 公認心理師の必須科目としての「心理学統計法」はわずか1科目(15コマ)に合わせたカリキュラムであることは分かりますが、そもそも1科目では無理があると考えた方が良いと思います。公認心理師をめざすのであれば、スタンダードまで学ばせることが必須と思います。難しい内容はスタンダードに移された方が良いと思います(3)。

注 (1) 日本心理学会が行った、男女共同参画推進委員会アンケート調査はひどい項目設定、ひどい集計、ひどい解釈が満載です。研究法できちんと教えられるべきことですが、観察・調査研究と統計法との関係も言及しておく必要があるでしょう。 (2) とある大学教授会での入試方式の良否の議論:A方式の入学後の成績が悪いとの批判があるが、A方式の人の中にはB方式の人の成績より良い人もいます。 恐ろしいことにこれで議論が終了しました。社会でもこの手の論理が横行しています. 学生が統計分布でつまずくとの見立ては正しいと思います。その原因はデータの取得から分析まで離散データを用いているにも関わらず、連続値の分布の理論が出てくることだと思います。 ヒストグラムと分布のグラフを重ねて描くなどの工夫で改善できると思います。 (3) 公認心理師の統計法1科目は、是正する方向での働きかけが必要と思います。


No. 12

「心理統計法標準カリキュラム案」を拝読しました。疑問点が御座いましたので、若干を書かせて頂きました。

冒頭の「科学というものには、・・・学問なのである」(中谷宇吉郎、1958年)は、物理学が科学のモデルであった時代の科学観に基づくものと思われます。21世紀になって、科学哲学者の科学観は変わったと思います(P. Godfrey-Smith, Theory and reality, 2021; A. Rosenberg & L. McIntyre, Philosophy of science, 2020)。統計法は研究を客観的にする1つの方法であって、統計法を使わない場合は、研究を客観的にするために別の方法が採用されます。

「人の心を科学的に扱うのならば、統計学を避けて通ることはできない」は、危険な言い回しだと思います。Godfrey-Smith (2021)は、科学の代表として、物理学に対する位置づけでダーウィンの進化論を上げております。「統計学を避けても」、科学は成り立つということでしょう。心理学には統計分析が難しい(少なくとも現時点においては)研究もあることを踏まえれば、上記の文言は心理学においては異論が予想されます。もちろん、心理学研究におけるデータは、統計分析に基づいて考察が行われるべきものが普通であり、統計分析が行えない場合は統計分析に替わる客観的分析が必要であると考えております。

「公認心理士の必須科目にも『心理統計学』が含まれている」とありますが、修士課程を対象とした科目では、心理統計学は無視に等しい扱いだと思います。これは、上に書いた「心理学を避けて通ることはできない」に対するのコメントとは矛盾するように思われるかもしれませんが、研究法において統計法が使われていないことと、修士課程卒業者なら当然理解しておかなければならない学識の1つとしての「統計学の理解」とは区別して考えるべきことと思います。

「心理統計法の数学的背景までを学習し理解することは難しい」とありますが、「数学的背景」の中身が問題です。数学抜きで統計法の考え方を理解することはあり得ないことです。記述統計において、平均値とか分散、あるいは標準偏差がありますが、これらは分数を含めた四則演算、平方根などの理解が前提になります。確率モデルを用いた分析では、確率論の理解が前提になります。統計学の考え方の理解には数学が必要です。統計学の考え方を説明しながら、その都度、必要な数学を解説していく必要があります。

「心理統計法の専門家が不在の教育機関も多く」とありますが、これは大学の現状を無視した文言です。統計学を含めて心理学は、多彩な分野を含むものであり、これら全ての分野に亘る専門家を1つの大学で揃えることはできません。自分の大学内でカバーできない領域は、非常勤講師で授業が行われています。

学習目標における第2パラグラフ 中ほどに「確率分布の概念は必要ない。」とありますが、とんでもない誤解であると思います。この文言に続いて「高度過ぎる学習内容」とありますので、「確率分布の概念」は「高度過ぎる」と捉えられているようです。どんな概念も哲学者が扱えば高度で難解になります。例えば、「1とは」には哲学的に考察されてきたという歴史があるようですが、しかし、「1」は幼児でも「ひとつ」として了解されています。また、数学を哲学的問題から離して、公理論的アプローチがヒルベルトにより提唱され、数学はその流れで現代に続いています。現代数学において重要なのは、その哲学的内容ではなく、その数学的構造であるように思います。統計学の場合も、現代統計学では、哲学的議論ではなく、その数学的構造の理解が重要なのではと考えております。 統計学における確率も哲学的考察に拘らない説明が今日の心理学統計では重要だと思います。心理学には、「主観的確率」を構成概念として人の決定過程を研究する分野がありますが、この場合の「主観的確率」と統計学における「確率」は区別する必要があります。 心理学における入門レベルの統計学の理解のための数学(確率分布)は必要と考えます。p値の誤解などは、数学的確率抜きの言葉だけの了解で済まされていることも原因の1つではないかと考えています。一般人向けの天気予報でも、確率が使われています。心理学は文系の学問であるとの主張がありますが、文系であれば確率は要らないということにはなりません。また、心理学の学生が文系であることと、心理学という学問が文系であることとは別です。心理学が科学であると主張するのであれば、心理学は学問としては理系です。

「ベシスタ」の核心 「心理『統計学』ではなく心理『統計法』を講じる」は、逆だと思います。統計法の誤用は、統計法だけの理解で済ませていることによると思います。特に、現代では、統計ソフトの使い方だけで分析結果が得られます。極端な例では、分散分析のデータ(すべて整数値)をカイ2乗検定で行うということが実際に行われました。セルに整数値が並んでおれば、カイ2乗検定の出力が得られるからでしょう。 「必要なトピックを薄く広くカバーできる構成」とありますが、卒業論文において関係する統計法をすべてカバーすることは15コマでは無理です。また「ベシスタ」レベルでは、広くカバーする必要はなく、少数の代表的分析パターンにおいて、じっくりと説明して考え方を納得させるのがよいと思います。 物理学の場合、ニュートン力学から始められています。これは、現実にはあり得ないようなモデルですが、これの理解をもとに様々な物理現象の分析が行われます。心理統計学も、卒論で使えるかどうかではなく、統計学の基本的考え方の説明に努めるべきであると思います。

「確率分布」の解説の割愛 「結果は読める」とありますが、何を読むのでしょうか。「確率分布とは」の説明は必須と思います。 「正規分布については言及不可避」とありますが、これは前世紀中頃以前の発想と思います。手計算が主であったので、正規分布表など確率表の使える分析が主となっていたと思います。しかし、コンピュータが実用化された前世紀末以降は、正規分布は便宜的な位置付けになったと思います。得られたデータが正規分布に従うということは特別な場合を除いてないのではと思います。学生がデータを集めてきて、グラフを描いてみたらどの程度正規分布に見えるかといえば危ないと思います。正規分布では外れ値扱い(従って外れ値の判定基準の問題が出てきます)となるデータも、t分布を設定すると外れ値として特別扱いする必要がなくなるのではという説明もあります。コンピュータ(PCなど)による分析が広まった現代では、正規分布の特権的扱いについては慎重であるべきと思っております。 「記述統計の中で紹介する」とありますが、正規分布は検定あるいは推測において基本として設定される確率モデルです。推測や検定において、その都度、言及されるべき事項です。統計法の誤用を防ぐためにも必要です。

「重回帰分析」の丁寧な説明 「ベシスタで1回分」とありますが、とんでもないことだと思います。回帰モデルは、様々な統計モデルで用いられています。分散分析もSPSSなどのソフトでは、回帰モデルで分析されています。そもそも、分散分析は変動の2乗和の分析として説明されていますが、これは重回帰分析が一般的ではなかった時代の話と思われます。これを分散分析の基本モデル Yij = GM + Aj + Ei を回帰モデルとして扱い、各要因Ajの推定値で見る方が、分散の分析で見るより、直接的で解り易いと思います。実験計画法は、回帰分析との関係で教えることが21世紀の心理学研究において重要であると考えます。 一般的に、重回帰モデルは、複数のコマでその都度使われるモデルが言及されるべきであると思います。

以上です。

(心理学科における統計の授業を約20年担当したものです)


No. 13

1事例として、自分の体験談を記します。 中高女子校で数学は中学から成績が5段階で2で、大の数学嫌いでした。 晴れて、関西学院大学文学部心理学科に入学、実験心理学で筋金の入ったところです。大学2年生で統計学を今田寛先生に習いました。シラバスはご提案されているような内容だったと思います。 1990年当時は5インチのフロッピーディスクを入れるようなコンピュータでしたから、 学部生ではSPSSは使えず、統計電卓で手計算での授業でした。 3年生で今田ゼミで論文の精読を解説入りで聴ける幸運に恵まれました。 今田先生は、表にまとめて考えることが大変うまく、説明に飛躍がなく、4つの尺度(名義尺度、順位尺度、間隔尺度、比例尺度)の意味から、betweenとwithinの分散分析まで、とてもわかりやすく教えていただいたので、不思議なほど苦手意識を持つことなく、成績も悪くなく通過できました。 大学院は臨床心理学を専攻し、他大学院へ進学しました。統計本をまた数冊読み直し、そこで重回帰分析や因子分析の概要を自学しました。修論では結局、独立変数と従属変数がともに複数あるものを分析するには、MANOVA(多重分散分析)が必要でしたが、SPSSなり、その分析ができる機械をうまく操作できるところまでたどり着かず、ごく限られた分析しかできませんでした。 そののち、数十年、臨床心理学の現場で働いてきて、医学論文を読んできましたが、 コンロトール群の設定や、カウンターバランスのとりかたの工夫など、それまでの学部時代に学んだ実験計画の立て方、の知識がとても役に立ちました。 どなたかの先生もご指摘でしたが、統計はツールなので、「心理学研究法」とセットで理解が深まるものと思います。公認心理師が4年生卒で認められるのですから、臨床心理学に関する統計、特に質的分析(エスノグラフィやグラウンデッドアプローチなど)や、学生が使いやすい無料の統計ソフトの使い方等も1コマは必要だと思います。教え方の切り口は、看護学や社会学から学ぶところもあろうかと思います。


No. 14 中西大輔先生 (広島修道大学)

このような標準シラバスを作ってくれるというのはたいへんありがたいです。三層構造のカリキュラムもよいと思います。ただ、うちは座学だと統計法は一つしかないので、すぐには対応できないところが悩ましいですが。

ベシスタに関してはいわゆる「文系の」学生でもついていけるという希望が持てる内容のようにも思えます。一方、このシラバスの心理学科あるいは心理学部内での位置づけを考えた場合、心理学研究法や心理学実験等他の科目で扱う内容とどのように連携がなされるかという点は今後考える必要があるだろうと思われます (当然考えておられるとは思いますが)。

このコマシラバスでどの程度の知識が身につくか、履修判定の指標と期末試験の例題 (あるいはコマごとに知識の定着具合を確認する小テスト問題) があるとなおよいと思います。さらにわがままを言えば、このシラバスで授業を展開するための教科書的なもの (いわゆる「教材」) があれば助かる教員は多そうです。


No. 15

英語で統計を教えたり、英語の統計プログラムを操作したりする機会が今後は増えると思うので、是非ともキーワードは日英併記でテキストを作成していただきたい。統計用語よりも「かける」「割る」「四捨五入」といった算数・数学の用語を英語でどう表現するのかでつまづく場合が多いと感じました。よろしくお願いいたします。


No. 16

 確率分布を最初のカリキュラムに含めないことには、大きな問題があると考えています。この標準カリキュラムの到達目標である、「基本的な統計手法を用いた心理学論文の内容を理解できること」がどの程度のものかはわかりませんが、例えば論文中に「有意差が見られた(p < .05)」のような文章が現れたときに、「有意差」とは何か、記号のpは何を意味しているのかが理解できること、のようなものかと想像します。統計的仮説検定(以下、単に検定と呼びます)の是非はさておき、検定を利用している心理学論文が非常に多い現状を踏まえれば、検定及びp値に関する知識は「基本的な統計手法を用いた心理学論文の内容を理解できる」ためには必須だと考えます。  ここでp値とは、アメリカ統計学会による「統計的有意性とP値に関するASA声明」(Wasserstein RL, Lazar NA. Editorial: The ASA’s statement on p-values: Context, process, and purpose. The American Statistician 2016; 70: 129-133.)によれば、”特定の統計モデルのもとで、データの統計的要約(たとえば、2グループ比較での標本平均の差)が観察された値と等しいか、それよりも極端な値をとる確率”とされています(日本計量生物学会のWebサイトに掲載の全文日本語訳https://www.biometrics.gr.jp/news/all/ASA.pdfより抜粋)。この定義から言えば、p値とは何かを理解するためには統計モデルという考え方が必須であることがうかがえます。そして、統計モデルとは、分析者が観察データにあてはめる確率分布を指します。p値や信頼区間などはデータに統計モデル(t検定や分散分析の場合は正規分布モデル)をあてはめることによって計算されるもので、この”データに統計モデル(すなわち確率分布)をあてはめる”という考え方を知ることが、様々な推測統計の手法(ベイズ統計も含む)を理解する上で必須になってくると思います。逆に考えれば、どのような統計手法にもベースに統計モデルがあるという考え方を身につければ、様々な統計手法を統一的に理解しやすくなる(新しい手法が出てきても理解しやすくなる)と考えられます。  統計モデルのあてはめという考え方を知ることのもう1つの利点は、統計モデルは分析者が(意識しているか否かにかかわらず)恣意的に用意しているものだということがわかる点かと思います。これは、いわゆる”すべてのモデルは間違っている”という考え方を知ることです。このような考え方によって、「pが0.05より小さいから有意」といったような、分析の背後にあるモデル(および、そのモデルにおける仮定)を見ずに、指標のみで判断するような在り方を回避しやすくなるのではと考えています。  以上のような理由から、確率分布は「難しいから最初は回避する」ものではなく、むしろ統計を学ぶときの出発点に位置づけられるものと、個人的には考えています。もちろん、確率分布は数学的に決して容易なものではないので、何をどの程度まで教えるか(特に、数学的な基礎がない教員が、数学的な基礎がない学生に対して)というのは難しい問題であり、十分な議論が必要だと思います。1科目15コマでは到底まかなえるものではないので、カリキュラム全体の見直し(理系の学部1,2年生が教養課程で学ぶレベルの数学の必修化)なども踏まえて考えなければならないかもしれません。  上記の内容は非現実的な提案かもしれません。しかし、「論文に記載されたt検定の内容を理解するために必ずしも確率分布の概念は必要ではない」と、確率分布の考え方がカリキュラムから除かれてしまうことには危機感を覚えましたので、パブリックコメントとして投稿する次第です。


No. 17 豊田秀樹先生 (早稲田大学心理学教室)

「心理統計法標準カリキュラム案」の第3パラグラフに「何のための,そして誰のための心理統計法か,今一度考えてみよう。」とあります。何のための「標準カリキュラム」案なのかについて意見を述べます。将来的に「標準カリキュラム」に従って「心理学的統計法」のカリキュラム審査を実施しないでください。当該カリキュラム案に沿っていない授業は、公認心理士の必修科目として認めないなどという強権的な使い方をしないでください。ご提案の「心理統計法標準カリキュラム案」が、学問の府における自由な教育を侵すような方向で使用されないことを切に希望します。「標準カリキュラム」は、心理統計法の授業を担当する教員が、教える内容に関して迷ったときの、1つの参考資料・道しるべとしてあるべきです。


No. 18 豊田秀樹先生 (早稲田大学心理学教室)

数年前のことです。「資格要件を満たす科目にするためには、お前のやっている統計学の授業の授業名はそれじゃあダメだ。『心理学統計法』という授業名に変更しろ。」と言われました。

早稲田の心理は数割しかその資格を目指しません。しかし、少しでもそれを希望する学生がいる限り、授業名を変更しないと資格を目指す学生達に不利益が生じます。(ほんの一部であっても)大切な学生を人質に取られてしまったので、断腸の思いで、私は授業名の変更をいたしました。統計教育は如何にあるべきかを日々考えている私にとって、それは人生の中でもっとも屈辱的な出来事であり、その昔、創始改名を強いられた朝鮮人の方たちは、こんな気持ちだったのだろうなと思いました。

授業名は形骸化した記号ではありません。授業名は、授業の象徴であり、魂を込めた言霊です。名前を奪うという行為は、「千と千尋の神隠し」の「湯婆婆」がそうしていたように、当局の強い支配欲の現れです。

「心理統計法標準カリキュラム案」が示されたときに、授業名ばかりでなく、カリキュラム審査をいよいよ始めるのだ、第2弾として内容の支配を始めるのだと、私は懸念いたしました。そして以下の様な、パブリックコメントを表明いたしました。

ーーーーーー引用ここから

「心理統計法標準カリキュラム案」の第3パラグラフに「何のための,そして誰のための心理統計法か,今一度考えてみよう。」とあります。何のための「標準カリキュラム」案なのかについて意見を述べます。将来的に「標準カリキュラム」に従って「心理学的統計法」のカリキュラム審査を実施しないでください。当該カリキュラム案に沿っていない授業は、公認心理士の必修科目として認めないなどという強権的な使い方をしないでください。ご提案の「心理統計法標準カリキュラム案」が、学問の府における自由な教育を侵すような方向で使用されないことを切に希望します。「標準カリキュラム」は、心理統計法の授業を担当する教員が、教える内容に関して迷ったときの、1つの参考資料・道しるべとしてあるべきです。

ーーーーーー引用ここまで

それに対して、三浦先生より、以下の様なお返事をいただきました。

ーーーーーー引用ここから

ご無沙汰しております. パブリックコメントをお寄せくださりどうもありがとうございます. 危惧されるようなことをするつもりはまったくなく,まさしく迷った際の「参考資料」「道しるべ」を提示したい,必要なら全面的に頼ってもらってもいいくらい充実したそれを作ることを目標にしたい,と一同が考えております.その点を趣旨説明で明確に述べるようにいたします.

ーーーーーー引用ここまで

三浦先生の素早い、そして明確なお返事に対し、心より感謝申し上げます。


No. 19

このような取り組みは非常にありがたいと感じます。『学習目標と特色』p1の以下部分に焦点が当てられていることも心強いです。

—引用—

第三に,例えば公認心理師の必須科目としての「心理学統計法」はわずか1科目(15コマ)であり,従来の学習範囲や幅をカバーするには全く時間が足りない。第四に,心理統計法の専門家が不在の教育機関も多く,従来の学習範囲や幅を扱うことが不可能なケースも多い。

—ここまで—

2点、コメントさせていただきます。

まず1点目ですが、シラバス案を拝見しますと、統計の一般的内容(古典的内容)を範囲としているように読めました。他にも、効果量や単純主効果、吉田・村井(2021)を踏まえた回帰の読み取り方なども扱っており、ボリュームも難易度も結構なものである印象です。最も基本的なべシスタにおいて学生がここまで修められるのは心強い一方で、心理統計法の専門家が不在の教育機関において、これらをわかりやすく教える事は簡単ではないように感じます。

2点目はやや細かい内容になりますが、確率分布の扱いと教え方についてです。以下は『学習目標と特色』の確率分布に関する記載です。これ自体に特に賛成/反対などはありません。

—引用—

しかし,異論はあるかもしれないが,論文に記載されたt検定の内容を理解するために必ずしも確率分布の概念は必要ではない。高度すぎる学習内容が逆に学習を妨げ,まずは身につけてほしい基本的な心理統計法すら習得に至らない

—ここまで—

実際には確率分布の概念は含まれており、コマシラバス7~10付近では確率分布や母数、統計量、推定や仮説検定が盛り込まれています。「10 仮説検定の目的」にも「参照する確率分布」と記載されています。

仮説検定を例にすると、『適当な分布を仮定した母集団からの標本Xから計算した統計量T(X) もまた何らかの分布を持つ。その両側確率を利用し、仮説・仮定に対するデータの逸脱度としてP値を求め、それをもってリサーチクエスチョンから設定された仮説を考察する。』等の整理・理解が必要だと考えます。 一方、これらを個々の確率分布を持ち出さずに指導/受講者に理解してもらう上では、確率分布の抽象的な理解が必要となり、これが個々の分布を暗記するよりも高度であると感じています。定義だけなら教科書を読み上げるのみですが、ツボをついた指導をするには、やはり統計法に通じた教員の存在が不可欠なのではないかと感じます。


No. 20 岡田謙介先生 (東京大学大学院教育学研究科)

 お忙しい中で多くの議論を重ね、カリキュラム作成の労をとっていらっしゃる小委員会の先生方に敬意を表します。何かを創造することは難しい作業であり、それに比べて労作を批評するのは容易いことです。  読むため→研究を行い書くため→統計を駆使した研究を行うため、という3層構造はわかりやすく、また要因計画の扱いや効果量の重視、区間推定の重視など、伝統的で重要な内容と新しめの話題とがバランスに配慮しながら含まれていて、いろいろな工夫の跡を読みとることができる案だと思います。「読むため」の粒度で扱う上では、コマシラバス案の内容は多すぎることはないように私個人は感じました。様々なことが各大学・部局の事情に依りますし、こうした議論をとりまとめるのは大変な作業だと思うのですが(そしてこれが各授業担当教員の創意や自由を妨げないことも重要だと私も思います)、この機会に偏った私見を以下で共有させていただきます。

■ 総論的なこと  前回学習指導要領改訂において、「統計教育の充実」は算数・数学および情報の教科における大きなテーマでした。2年間の移行期間を経て、いよいよ今年度から高校でも新教育課程が全面実施されました(小・中はそれぞれ一昨年度、昨年度から全面実施)。このため、大学入学時点で学生が学んでくる確率・統計に関する知識は、平均的に見てここ数年間で増えてきており、数年後にはもう一段増えているはずです。  また国による大学の数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度の開始も受け、統計関連科目を新たに必修化する大学・学部も増えています。もちろん大学に依りますが、心理系部局における心理統計の講義とは別に、基礎的な数理・データサイエンス・AIの共通科目を履修している学生も少しずつ増えていると思います。  現在のコマシラバス案では「高校統計・スタスタとの接続図」も示していただいており、こうした接続が考慮されていることは大切なことだと思います。ここで上述した近年の動向を踏まえると、心理統計の標準カリキュラムとしては、 (1) 高校までで既習の細目と、そうでない細目を明らかにした上で、既習でない内容や心理学ならではの内容・話題をバランスよく含める (2) 標準的な数理・データサイエンス・AI教育プログラムのモデルカリキュラムと重なる部分と、重ならない心理統計の独自性の所在を明らかにし、両方を履修する学生への配慮ができるようにする ことができますと、心理学を学びたい学生のニーズや意欲に応える上で役立つのではないかと思います。

■ 各論1: 高校までおよびデータサイエンス基礎科目での学習内容との重なり  コマシラバス案の最後のページにお示しいただいた内容と大きく重なりますが、今年度全面実施された新教育課程では、統計関連の内容は以下のように学習されることになっていると思います。 ・ 「代表値(平均値、中央値、最頻値)」は小6の算数で学ぶ ・ 「データの散らばり(分散、標準偏差)」「データの相関(散布度、相関係数)」「仮説検定の考え方」は高校の数学I(必履修)で学ぶ。つまり大学入学生は基本的に皆が学んでくる ・ 4つの尺度水準ごとのデータ収集・整理・分析や、平均値・最大値のプログラミング等は、新たに必履修科目となった(大学入学共通テストにも加わる)高校の情報Iで学ぶ ・ 「統計的な推測(確率分布、二項分布、正規分布、母集団と標本)」は高校の数学Bで学ぶ  また、数理・データサイエンス教育強化拠点コンソーシアムによる、数理・データサイエンス・AI教育の最も基礎的な課程(リテラシーレベル)における基礎科目「データリテラシー」で身に付けるべきスキルセットも、「ベシスタ」前半と内容的な重なりが小さくありません(詳細はhttp://www.mi.u-tokyo.ac.jp/consortium/pdf/model_literacy.pdf)。  もちろん、大切な内容を繰り返し学ぶのも意義あることだと思います。ただ一方で、一例ですが「相関と因果の違いの話は他の前期教養科目でも聞き飽きるぐらいきいた」という感想を履修生からきいて小さな衝撃を受けたこともあります。これは極端な例だとしても、現在教壇に立つ私たちの頃と比べて、相当程度多くの統計関連の内容を高校生や大学初年次生が学ぶようになっていることは、授業設計をする上で意識したほうがよいことだと思っております。

■各論2: 心理統計の独自性とモデル思考  たとえば06回の「実験的研究と要因計画」は、数理・データサイエンス・AI教育の基礎的課程や、基礎統計等ではあまり扱われることが多くありませんが、心理学実験ではなくてはならない方法や考え方です。ですので、もっとも基礎的な科目(ベシスタ)のカリキュラムに入っていることは意義深いと思います。これと同様に心理統計での独自性が高い内容として、たとえば心理測定の考え方、信頼性と妥当性に関する議論、潜在変数の意味づけなどがあり、もしも前項で述べたような理由でカリキュラムに多少の余裕ができる場合には、内容として含めることができたらよいと思います。  また、複雑な現象を抽象化して数理的に表現し議論する「統計モデル・数理モデル」の考え方は、大学で科学としての心理学を学ぶ学生にリテラシーとして伝えたい、また大学卒業後にもおそらく役立ててもらえる学習内容の一つではないかと思っております。そのため04回「相関と回帰」においてモデルに関する言及をいただいているのは意義深いと思います。これに限らず、たとえば平均値差の検定や要因計画・分散分析なども実のところ統計モデルに基づく検討です。メカニズムや法則性を抽象化された数理・統計モデルによって表現するという考え方に、各回の授業を通じて学生が親しんでいくことができると望ましいと思います。

■各論3: 推測統計の位置づけ  07, 08回で推測統計が導入されます。推測統計において本質的なのは、データ分析に確率モデルや確率的な考え方を導入することだと思います。そして、母集団からのランダムサンプリングとしての標本、という設定は、確率的な考え方をモデルに導入するための一つの枠組み(にすぎないもの)だと理解しています。  社会調査などは、この「母集団と標本」という考え方が非常に整合的な分野です。しかし、心理学一般で、母集団からのランダムサンプルとしての標本という考え方がいつも整合するかというと、実はあまりそうではないように思います。むしろ他の社会科学分野と比較しても、心理学研究ではランダムサンプリングを行う努力はされないことが多く、また母集団を明確に定めない研究も多いと思います。  また新学習指導要領解説では、高校の数学A「確率」において、確率には「母集団と標本」の考え方と対応する「頻度確率」だけでなく、「主観確率」などいくつかの捉え方があることが示されており、高校生はこれを学んできます。心理学のデータ分析でもベイズ統計が応用されることが増えてもおりますし、推測統計とは確率的な考え方をデータ分析に導入する体系であり、それを実現する重要な方法の一つとして母集団と標本という考え方がある(主観確率など、他にもある)、という位置づけで教育をしていくのが、これからは適当なのではないかと思っています。


No. 21

統計教育のワーキンググループを立ち上げ、具体的なカリキュラム案を示した上で大規模なシンポジウムを企画された先生方の信念と行動力に心から尊敬と感謝を申し上げます。シラバス案は大変丁寧に作りこまれていて、統計科目の教員として勉強させていただきました。後述するように学習目標等には疑問があるものの、授業計画や内容としてお手本にさせていただきたいと思いました。若輩者のいち意見ではありますが、以下に(1)教育という視点からのコメント、(2)地方大学教員としての感想を投稿させていただきます。

(1) 教育という視点からのコメント

・統計教育改革に対する解としての標準カリ?

WGからご連絡をいただいたときに、最終的なゴールが標準カリキュラム作成にすでに定まっていることに違和感を覚えました。問題意識の発端が重回帰分析などの誤用であれば、それに対して標準カリを作ることが最善の問題解決なのか疑問です。大学教育は義務教育ではなく、多様なDPをもつ大学が独自の教育を展開する場です。その科目において、標準シラバスを一つだけ詳細に決めることには議論の余地があります。公認心理師大学のみの話であっても、すでに公認心理師の標準シラバスにキーワードがある中で、各大学のDPに基づいた科目の理念とも言える学習目標から授業計画・内容までカバーするシラバスを提案するのは、強すぎるメッセージに感じました。

・統計教育を受けるべきなのは誰なのか?

シンポから研究者が勉強不足であるという強い問題意識を共有しました。ただ、これから統計教育を受ける人は、勉強不足の当事者とは違います。現時点で勉強不足なのは教える私たちなのだと思います。教育現場では教員も免許更新制で研修を受けたりしますが、それに類した試みを行うのもあり得ると思います。統一的な標準カリを示されても、担当教員一人がそれに従った授業をして、他の科目は異なる方針をとって卒論では全員バラバラな研究をするおそれもあります。例えば、今回提案された標準カリの教え方を統計科目担当者や関係科目担当者に研修したり、学会で統計学習の場を定期的に設けたりするほうが総じて学会員の統計レベルを上げる解決法になるかもしれません。

・「論文を読む」「論文を書ける」という学習目標の妥当性

研究大学では「論文講読」「論文執筆」は大切かもしれませんが、研究者にならない学生にとって、「論文」に核を置いた統計科目の目標にリアリティがあるかは疑問です。現状は、統計科目の学習目標として、「心理統計に関する基礎的な知識や技術を身に着ける」や「実際に調査や分析を実行できる」といったものをよく拝見します。抽象的な目標ですが、抽象的だからこそ、地方大学では「地域プロジェクトの中であるお店や地方自治体のマーケティングをする」といった実践的学習をそこに盛り込むことができ、学生のレベルに合わせて学習達成度を評価することができます。各大学が様々な教育を行う余地のある目的・目標設定が望ましいと考えます。

・心理学の一つとしての統計学習の過程は?

「読む」ことと「書く」ことが別々に目標として設定されることも学習過程として違和感があります。多くの学習場面ではインプットとアウトプットは混然一体となって進みます。「読む」と「書く」を繰り返すことで、それぞれの活動がより深い知識や技能に紐づいたものになる。実際に、そうした学習過程を活かして、心理統計だけでなく実験科目や講義科目が同時に開講される大学がほとんどです。統計教育の話ではありますが、心理学全体の学習過程の一部として機能するカリキュラム編成が望ましいと思います。

(2) 地方大学教員としてのコメント

所属大学でも、今回のカリキュラム案が出てから標準カリがどの程度達成できているかを確認しました。少ないリソースの中で複数の科目の合わせたときに、なんとかベシスタの内容カバーしているかしていないかという状況です。ただ、所属大学では心理師を目指したり、大学院に進学したりする学生は数%で、多くは研究者や心理師になるわけではない、就職しても必ずしも心理学の知識(統計の知識)を使わない学生です。学問として心理学を教えたくでも、実際には顧客(学生・保護者)と雇用主(大学)の要望に応える必要もあります。研究大学ではない大学に求められるのは、科学的に適切で高度な手法よりも、その場所に生きる人にとってわかりやすくて便利な手法で身近な世界を探求する経験を積ませることかもしれません。

もちろん学会としては優秀な研究者養成が重要とは思いますが、研究者にならない心理学徒が高度ではなくても適切な統計の考え方が学べる教育も喫緊の課題と考えます。eラーニングの話があったように、高度な知識や技能は、アーカイブのように蓄積して必要になったときに学生と教員が活用するようなあり方が増えていくかもしれません。学会が大学教育のカリキュラムに提言するのであれば、研究者にならない人への心理学教育にも思いをはせることもあってほしいと思います。現状でも情報系の手法を取り入れた研究が増えていますから、10年後の心理統計法も全く違う様相になると思います。それも踏まえたとき、何を教えて何を教えないのか、その判断基準をまずは私たち学会員がそれぞれ持てたらと思いました。